中国の国有旅客機メーカー、中国商用飛機(COMAC)が開発した旅客機「C919」が2023年5月28日、運航を開始しました。
業界標準である米欧の安全性証明の取得よりも自国での実績づくりを優先し、輸出も見据えています。
COMACは重要部品の国産化にも動いており、欧米勢がシェアをほぼ二分する航空機産業で、中国は第三極の地位を目指しています。
C919初就航の一方に日本のネットユーザーからは「日本にとっては憤慨すべきニュースだ」「どうして中国は成功して、日本の三菱スペースジェット(MSJ、旧MRJ)は失敗したのか」との声が上がっています。
詳しく解説していきます。
動画でも解説しています
中国、国産旅客機「C919」就航
国産機の開発は習近平国家主席の肝煎りプロジェクトです。
中国共産党の最高指導部が2007年、C919の開発プロジェクトを正式承認した当時、習氏はCOMACが本拠地を置く上海市のトップでした。
最高指導部入りを経て、国家主席となってからは他国の首脳に自ら模型を見せながら将来性を訴えるなど、国力を示す道具にもなっていました。
日本の国産旅客機は開発を断念
三菱重工のMRJは、戦後初の国産旅客機として開発を進めてきた定員70〜90人の小型機です。
2008年に開発が始まり、2015年に試験飛行が成功すると400件余りの注文を受けたものの、最後の安全審査、認証の段階で問題が発生して納期がたびたび延期され、その後「スペースジェット」と名称を変更して再起を図るも2023年2月に開発を断念しました。
日本と中国の旅客機開発の相違点
国を挙げたプロジェクトという点では同じですが、失敗した日本と成功した中国ではどこが違っていたのでしょうか?
日本の4倍の費用を見込んでいた中国の旅客機
まず投資規模に大きな違いがあります。
官製メディアは当初、C919の就航までに2000億元(約4兆円)がかかると報じていました。
座席数の違いなどで単純比較はできませんが、MSJが費やした累計金額(約1兆円)の4倍を見込んでいた計算になります。
巨額の開発費は私募債などを通じ、国有系企業や金融機関から注入されたとみられています。
型式証明の取得アプローチ
航空機の世界標準として安全性確保で求められる機体や部品の「型式証明」取得を巡っても違いがあります。
COMACは2016年に運航を始めたリージョナルジェット「ARJ21」に続き、C919でも中国当局による証明のみで商用飛行を始めました。
航空機を輸出するには機体を実際に運航する相手先国での安全性証明が必要になります。
航空機産業で長い歴史を持ち、デファクトスタンダード(事実上の標準)である米欧の証明取得を目指すのが一般的ですが、COMAC機は現状取得していません。
中国の枠組みでいったん開発を完了した以上、後から米欧当局の証明を得るのは難しいとの見方もあります。
米欧の型式証明の取得を後回しにした理由
COMACがこうした戦略を採った理由は2つです。
中国の旅客機市場は世界2位
一つ目は、自国の航空機市場だけでも一定の需要が期待できることです。
米ボーイングの予測によると、41年の中国の商用航空機保有量は9630機と世界の2割を占め、北米地域に匹敵します。
実績を作り旅客機の輸出を目指す
二つ目は、実績づくりを優先させていることです。
事故を起こさず安定運航の記録を積み上げれば、独自に運航を認め国内線で導入しようという国が出てくるだろうとの打算があるのです。
COMACはすでに2022年12月にインドネシアの地域航空会社、トランスヌサ航空にARJ21を納入済みです。
トランスヌサには中国系企業の資本が入っており半ば強引な輸出にも見えますが、インドネシア運輸省によるとARJ21は同国の認証を得ており飛行は可能です。
ARJ21は2016年に商用飛行を開始して以降、墜落事故を起こしていません。
米欧としのぎを削ることになる
輸出が実現し軌道に乗れば、世界の旅客機市場で牙城を築いてきた米欧との衝突リスクは増します。
C919は座席数で米ボーイングの「737」や欧州エアバスの「A320」と同程度の大きさで、大手航空から格安航空会社(LCC)まで幅広く使われるサイズの機種で受注競争は激しいです。
肝心のエンジンは米仏合弁会社から供給を受ける
C919の主要サプライヤーのうち4割は海外勢が占め、残りにも外資との合弁が含まれます。
欧米が中国への輸出規制を強める中、重要部品の供給を断たれれば機体生産や運航に支障がでるのは必至です。
当面はボーイングや欧州エアバスの機体を買い「互恵関係」を維持する必要があるでしょう。
COMACは、その弱みも克服すべく動いています。
C919では米仏合弁会社から供給を受けるエンジンについて、中国内での調達に向けた独自開発が進んでいます。
ナイジェリア政府が購入を検討
C919については、ロイター通信が2022年10月、ナイジェリア政府が購入を検討すると報じており、アフリカやアジアへ輸出の道が開ける可能性があります。
買い手にとってはCOMAC機が新たな選択肢となれば、ボーイングやエアバスに一定の価格下落圧力がかかりそうです。
機体の価格はライバル機と比べ1割程度安いともされていますが、運航における不具合の発生率などは未知数で、安全を確保した上での価格設定なのかは分かりません。
独自の道で欧米2強の切り崩しに挑むCOMAC。
まずは国内で実績を積み上げ、輸出を狙います。