中国版新幹線「高速鉄道」を運営する国有企業、中国国家鉄路集団の路線延伸がとまりません。
景気底上げを目指す政府の意向をくみ、2035年に路線を現在より7割増やす方針です。
しかし、無軌道な拡大で不採算路線が増え、足元の負債総額は120兆円の大台に達しました。
今後さらに70兆円超の建設費がかかるとみられ、巨大国有企業が抱える「国の隠れ債務」が、中国経済のリスク要因となる懸念があります。
日本の新幹線を超える速度の中国の高速鉄道
「輸送能力を拡大し、旅行の時間を短縮できる」。2022年6月20日、北京市と南部の広東省広州市をつなぐ高速鉄道で時速350キロメートルの新型車両の運行が始まり、同社は高らかに宣言しました。
時速は従来より40キロ速く、日本の新幹線で最速である東北・秋田新幹線の「はやぶさ」「こまち」(時速320キロメートル)も上回ります。
この速度の路線は中国で5つ目となります。
高速鉄道の線路延伸は景気対策
中国の高速鉄道は一国としては世界最長を誇り、総延長は4万キロメートルを超えます。
日本の新幹線(約3300キロメートル)の10倍以上で、21年はさらに2168キロメートル延びました。
だが高速鉄道の延伸はとどまるところを知りません。
同社は総延長を25年に5万キロメートル、35年に7万キロメートルにそれぞれ延ばす計画です。21年比では7割延びます。
中国の鉄道は地方政府が競って誘致し、路線延長の一因になっています。
鉄道建設で雇用を創出し、関連産業も育てて景気を下支えする狙いがあるのです。
鉄路集団の陸東福・董事長は交通行政を取り仕切る交通運輸省の元官僚です。
他の幹部も鉄道行政当局の出身者が多く、政府と事実上一体化した会社のため政府の意向に従わざるを得ません。
鉄路集団の負債総額は120兆円を超える
ただ、建設に関するコスト意識は希薄で、累積する債務や採算は横に置かれています。
交通に詳しい北京交通大の趙堅教授は「政府は経済成長を優先し、債務返済を気にとめないが、1キロメートルの延伸に1億2000万~1億3000万元かかる」と試算しています。
3万キロメートル延ばすには、単純計算で3兆6千億元(約73兆円)の巨額投資が必要となります。
鉄路集団は巨額費用の捻出に向けて社債などの債券を発行し、国有の銀行や証券会社などが引き受けています。
国務院(政府)は5月31日、新型コロナウイルス禍で冷え込んだ経済を立て直すため、包括的な経済対策を公表。
鉄路集団には鉄道建設で新たに3000億元の債券を発行することを認めました。
こうした債務は、国の借金を国有企業が負担し、国の見かけ上の債務が増えていないようにみえる「隠れ債務」と呼ばれています。
鉄路集団の財務報告書によると、同社の負債総額は21年末時点で20年末比4%増の5兆9100億元(120兆円超)。
中国の国内総生産(GDP)の約5%に相当する債務額を、一社で背負っている格好です。
高速鉄道は赤字続き
当然、借金は返済が求められますが、返済原資を稼ぐための業績は厳しいです。
21年12月期の最終損益は498億元の赤字となり、赤字額は前の年の554億元に迫る水準。
普通列車を含む延べの旅客人数は25億3000万人と、コロナ禍前の19年比で29%減。
中国では感染者が高水準で推移し、22年1~3月期も旅客人数は低い水準です。
中部の湖北省黄岡市で4月22日、新たな高速鉄道が開通しました。
新設された駅の近くに住む男性は「乗客は地元住民のみで、1日あたり数十人だけだ」と証言しています。
もともと目立った産業のない農村のため、ホテルなどの新規投資もないといいます。
政府内には債務抑制と路線延長という2つの矛盾した方針が併存しています。
陸董事長は21年3月、中国メディアに「鉄道の投資効率を重視し、負債規模を合理的に制御し、債務リスクを防ぐ」と発言。
国務院も同時期、債務を厳格に制御するように要求しました。
一帯一路の恩恵を受ける貨物部門
経営改善の動きの中で注力するのが貨物部門です。
巨大経済圏構想「一帯一路」戦略の一環として、中国から欧州へ輸送する貨物列車「中欧班列」は、21年の運行本数は20年比で22%増、16年比では8.9倍に急増しました。
グループ全体で貨物事業の売上高は21年が4359億元で、旅客売上高(3021億元)を上回ります。
21年12月には南部雲南省の昆明市とラオスのビエンチャンをつなぐ国際列車を全線開通しました。
20~21年には北京―上海線の運営会社、鉄道関連部材の製造会社、貨物輸送会社などの傘下企業を相次ぎ上場させ、民間の資金を取り込む国有企業改革の手法も取り込みます。
しかし、巨大国有資本である鉄路集団にわずかな民間資本を入れても意味は無いとの指摘もあります。
まとめ
中国版新幹線「高速鉄道」を運営する国有企業、中国国家鉄路集団の路線延伸がとまりません。
景気底上げを目指す政府の意向をくみ、2035年に路線を現在より7割増やす方針です。
中国の鉄道は地方政府が競って誘致し、路線延長の一因になっています。
鉄道建設で雇用を創出し、関連産業も育てて景気を下支えする狙いがあるのです。
鉄路集団の財務報告書によると、同社の負債総額は21年末時点で20年末比4%増の5兆9100億元(120兆円超)。
中国の国内総生産(GDP)の約5%に相当する債務額を、一社で背負っている格好です。
当然、借金は返済が求められますが、返済原資を稼ぐための業績は厳しいです。
21年12月期の最終損益は498億元の赤字となり、赤字額は前の年の554億元に迫る水準。
習近平(シー・ジンピン)指導部にとって国有企業改革は大きな課題ですが、経済減速の目立つ足元では改革に逆走する路線延長の勢いが強い様子が見て取れます。
鉄路集団の経営改革は、めまぐるしく目的地が切り替わる迷走状態に陥っています。
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